マンション管理と地方公共団体
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地方公共団体におけるマンション
大都市圏や地方都市において、近時頭を悩ませている存在が、マンションではなかろうか。国交省資料によれば、現在のマンションストック総数は約704.3万戸〔2023年末〕であり、令和2年国勢調査による1世帯当たり平均人員2.2万人をかけると、約1,500万人がマンションに居住しているということになる[1]。うち、旧耐震基準ストックは約103万戸とされている。しばしば、マンションの建替えをはじめとしたハード面での対処(このほか、敷地売却やリノベーションなども選択肢となる。これらを以下では「マンションの更新等」と呼ぶ。)については築40年超が目安とされるが[2]、現在137万戸とされ、今後10年で274万戸程度、20年で464万戸となる[3]。これらのすべてが区分所有者らにより自主的に対応できるとも思われないので、今後、マンションの老朽化への対処は都市において喫緊の課題となる。手をこまねいていると、最終的には、地方公共団体自身による代執行が必要なことにもなる[4]。
管理に対する働きかけの重要性
多くの地方公共団体の担当者は、空家等対策の推進に関する特別措置法(「空家法」)の経験を想起するだろう。空家法における中心的な措置に、特定空家等に対する指導・勧告・命令(空家法22条)がある。指導段階では特に法的効果はないが、勧告がなされると固定資産税上の優遇が外れる(地方税法349条の3の2第1項括弧書き参照。)。命令がなされると対象者に修繕等の義務が発生し、代執行等が可能となる。空家に対する代執行は、それほど珍しい事例でもなくなってきた。令和5年改正により、「特定空家等」に至る前の「管理不全空家等」についても、市町村長の指導・勧告権限が定められた(空家法13条)。
老朽化マンションで現在危ぶまれているのは、空家法と同様に、財の過少利用や管理不適正が最終的に外部不経済を発生させることである。しかし、いくつかの側面で、空家法と問題の構造が異なる。まず、空家においては所有権者にとって空家(及び土地)の財産的価値が主たる利害関心だったのに比して、マンションにおいては住民たちが永住意識を持っていることが多く、財産的価値だけが問題となるわけではない。このため、経済的な負のインセンティブでは狙ったように行動変容しない可能性がある[5]。また、修繕や除却義務等を課しても、彼らがそのための金銭を積み立てていなければ、代執行をする地方公共団体の負担となってしまううえ、そもそもマンションに対する執行には一定の法的難しさがある[6]。
このため、地方公共団体は、マンション管理適正化推進計画(マンション管理適正化法(「適正化法」)3条の2)を策定するとともに、それに基づいて、管轄する地域のマンションの管理に対して外部不経済が発生する前段階の介入をすることが望ましい[7]が、実効性確保手段について有力な選択肢が乏しいという制約を受ける。
管理に向けた行政指導と法的規律
地方公共団体としては、このような制約を受けつつも、管轄する地域内のマンションの情報を収集し、区分所有者らが管理のやる気のあるうちに、いずれ来るマンションの更新を見据えた指導・支援をすることが望まれる。
その中で、一点気になっていることがある。管理に関する行政指導と法律の関係について、現場に躊躇を覚えさせていることがあるように思われる。マンション管理適正化法においては、5条の2第1項で「都道府県等は…マンションの管理の適正化を図るために必要な助言及び指導をすることができる。」とし、同2項で「都道府県知事……は、管理組合の運営がマンション管理適正化指針に照らして著しく不適切であることを把握したときは、当該管理組合の管理者等に対し、マンション管理適正化指針に即したマンションの管理を行うよう勧告することができる」として、法律上の根拠が与えられている。これらはあくまで管理面に関する指導とされており、国土交通省のガイドラインにおいては、
マンション管理適正化法に基づく助言・指導及び勧告は、マンションの管理・運営といったいわゆるソフト面に着目して行われるものであり、建物の設備及び構造の老朽化や朽廃といったいわゆるハード面の状況を理由とした助言・指導及び勧告は、本制度の射程外であることに留意する必要がある。
とされる[8]。適正化法は管理(しばしば、ソフト面と呼ばれる)に関する指導の根拠を置く一方で、マンション建替え等円滑化法(「円滑化法」)は、マンションの更新などの物体としての建物(ハード面)に関する指導を適正化法104条1項に根拠を置いている。104条は要除却認定を受けたマンションを対象とするため、この認定を受けていないマンションに対するハード面にかかわる指導をすることは、法定行政指導にあたらないのではないか、とも考えられる。
ここには、「マンション管理に介入する行政指導であって、適正化法の根拠がない行政指導をすることは可能か。もしくは、適正化法に従った行政指導であると主張できる指導の範囲はどこまでか」という問題があり、担当者を悩ませているように見える。
行政指導に法的根拠を置く例はしばしば見られるものの、行政法における法律の留保論からは、行政指導は、法律上の根拠がなくても行うことができる。すなわち、地方公共団体の所掌事務であり、特段の法的効果と結び付けられていないならば可能である[9]。このため、割り切ってしまえば、法律上の根拠を求めない形での指導も可能である。
とはいえ、せっかく法定された指導がある以上は、できる限りその範囲であるとするほうが、地方公共団体職員にとって、自らのする行政指導について対象者から正統性を問われた際に、「〇〇法に基づく行政指導である」と伝えたいであろう。また、他の様々な制度との整合性もつけやすいだろう。
先に見たように、国土交通省のガイドラインは、マンション管理適正化法5条の2は管理適正化計画に基づく指導について、ハード面での更新の助言については射程外としている。これは円滑化法104条1項が想定するような、建替え等を積極的に求めるような指導をすることを諫める趣旨であろう[10]。これに対して、たとえば築年数が相当なものになっているのに更新等に向けた費用の話し合いをしていないという状況があるときに、話し合いを促すのは、ハード面の兆候があるからといってソフト面での指導という性格を失わせるというわけではないと思われる。「今のうちに総会で更新等について話し合ってはいかがですか」のような、区分所有者間の話し合いを促すことは、上記ガイドラインに反しないと思われる。また、上記状況であれば、外部不経済発生の蓋然性を考慮して、2項による勧告も検討できるであろう[11]。
さらに、そもそもこのように法律が分断されているからといって(これらはいずれ一本化することも考えてよいと思われる)、地方公共団体においてこれらを分離したものととらえることの合理性自体も考え直すべきであろう[12]。独自にマンション問題を包括的にとらえる条例を制定し、そこで更新等と管理との関係を捉えなおした規律をすることも、考えていく必要がある。
おわりに――マンション問題チームの結成の必要
今後、マンションに対する地方公共団体の関与は、法制度上、ますます望まれていくことになり、地方公共団体単独では対処しえない問題も多くなっていくと思われる。たとえば、すでに管理が不適正化してしまった場合には、行政が区分所有者らに指導しても響かないことは多いだろう。このときに、マンション管理士を地方公共団体が派遣するという例がしばしば見られる。また、地方公共団体がマンション管理組合から情報を得ようとするとき、現実的な作業を行うのは多くの場合管理会社であろう。彼らをはじめとするアクターの協力なくして、マンションに関する地方公共団体の政策は達成しえない。可能な限りマンションに関係する地方公共団体内のアクターを巻き込み、その役割分担について話し合っておくことが望まれる。
[1] 国土交通省社会資本整備審議会マンション政策小委員会(令和6年度)(第1回(令和6年11 月7日)参考資料4)「マンションを巡る現状と最近のマンション政策等の動向」https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001842038.pdf 2頁。
[2] 山口幹幸「マンション再生に向けた都市・住宅政策」浅見=福井=山口編『マンション建替え 老朽化にどう備えるか』(日本評論社、2012)、4頁。
[3] 国土交通省・前掲注1、3頁。
[4] 野洲市における代執行事例が有名である。法務省法制審議会区分所有法制部会(第7回会議(令和5年4月11日)参考資料11)https://www.moj.go.jp/content/001394561.pdf 1頁。
[5] 堀澤明生「マンションに対する行政介入はどうして、いつ、どのように可能か――マンションをめぐる公益の多層性」篠原=吉原編『マンション法制の現代的課題』(日本評論社、2024)153頁以下、173頁。
[6] 堀澤・同上、165頁。
[7] 詳しくは、堀澤・同上、篠原永明「マンション管理の適正化と行政の関与」同書226頁以下および北見宏介「マンション管理をめぐる自治体の対応」同書275頁以下。
[8] 国土交通省「マンションの管理の適正化の推進に関する法律第5条の2に基づく助言・指導及び勧告に関するガイドライン」(令和6年6月改定)、8頁。
[9] 興津征雄『行政法Ⅰ』(新世社、2023)、324頁及び北見・前掲注7、287頁。
[10] 篠原・前掲注7、230頁。
[11] 山本一馬「マンション管理の適正化等再生の円滑化の推進を図る」時の法令2114号(2021)、13頁。
[12] 北見・前掲注7、287-288頁。