自治体におけるロジックモデル活用の課題と普及に向けた方向性
- 富士通総研
- EBPM
はじめに
ロジックモデルは、目標と事業のつながり(因果関係)を視覚的に示すツールである。日本では2000年代以降、加古川市、東海市、一宮市など一部の自治体において行政評価のツールとして活用されてきた。近年、政府のEBPM(証拠に基づく政策立案、Evidence-based Policymaking)の推進により、あらためてロジックモデルが注目され、府省をはじめ、自治体でも活用の動きが出始めているものの、活用・普及はあまり進んでいない。
本稿では、筆者がこれまでに携わってきた国・自治体の行政評価の現場を踏まえ、自治体におけるロジックモデル活用の課題と普及に向けた方向性について述べる。
自治体におけるロジックモデル活用の課題
ロジックモデルは府省や一部の自治体では活用が進んできており、国の補助制度等においても、申請の際にはロジックモデルを用いて申請事業がどのように目的を達成するのかという道筋の明示化が求められるケースが増えてきている。こうしたことから、ロジックモデルという言葉自体は浸透してきているように見受けられるが、その普及が限定的である背景には何があるのだろうか。
考えられる理由の一つとして、人口減少や日本経済の長期低迷等により、自治体の財政状況が悪化する中で、新規事業の予算計上は難しく、既存事業をこれまでと同じように(又は縮小して)実施する習慣においては、事業内容やその実施方法等が事業目的の達成に果たして有効なのかをあらためて考えることはなくなっているため、ロジックモデルの必要性を感じていないのではないか。
また、仮にトップダウン等によりロジックモデルを導入することになったとしても、ロジックモデルという横文字が小難しい印象を与えるだけでなく、実際の作成作業においても学校教育等においてロジカルに考える習慣の徹底・定着が十分に為されていない中では、コツをつかみ習得の早い人を除き、不慣れで難しい作業となること、その活用の意義が理解されなければモデルを作成することだけの単なる作業と化すこと等から、多様化する社会課題への対応に日々追われている行政職員にとって余計な仕事として負担に感じ、敬遠されるのではないか。
ロジックモデル活用の意義
ロジックモデルの構造は極めてシンプルであり、目的と事業のつながり(事業を実施することで、事業対象がどのように変化し、目的を達成するのか)を図示したものである(図1)。見れば当たり前のようにも思えるが、頭の中で漠然と考えていることを言葉にすることで、その内容を具体化し、論理の飛躍や矛盾を正すことができる。論理の飛躍や矛盾を正すことで、目的達成に向けた事業内容やその実施方法の改善や工夫につなげることができる。
このように、ロジックモデルは作成されたもの自体が重要なのではなく、作成する過程を通じて、事業の目的意識をもち、目的達成のために有効と思われる事業を“考える”ことに意義がある。なぜなら、行政課題を取り巻く社会状況は刻々と変化し、その変化に応じて講ずるべき手段も変わるはずだからである。それは政策立案過程そのものである。
自治体におけるロジックモデル活用の1stステップ
自治体においてロジックモデルの活用が進むためには、ロジックモデルの導入に際し、まずは、前掲の「自治体におけるロジックモデル活用の課題」に留意した対応策を講じる必要がある。
(1)意義の十分な浸透
ロジックモデルは、後述するように、新規事業の立案や既存事業の見直しなど目的を起点とした事業のスクラップアンドビルドや短期的PDCAを回すことにより早期の成果発現を可能とする。しかしながら、はじめてロジックモデルを取り入れる場合には、まずは先述のロジックモデルの意義を十分に浸透させることが重要である。ロジックモデルの意義を理解しないまま作成することを求めると、形式的な作業で終わってしまい、時間と労力が無駄になってしまう。逆に、ロジックモデルの意義が理解されることで、各職員あるいは職員同士の目的達成に向けた主体的な検討が期待できる。
ロジックモデルの意義を十分に浸透させるためには、各職員に対して完璧なロジックモデルの作成を追求するのではなく(そもそもロジックモデルに正解はない)、各職員が現場の肌感覚や関連するデータ等を用いて有効な事業を検討できるように、その思考方法やデータ収集・分析等をサポートすることが重要である。
(2)習熟の重視
新規事業の企画立案にロジックモデルを適用するのは、ゼロベースで考えをまとめていく必要があることから、難易度が高まり、着手・継続を困難にする。難易度を下げ、ロジカル思考の習熟に力点を置くには、作成者が担当している既存事業を対象としてモデルを作成することが考えられる。これにより既存事業の成果の検証、目的に対する事業の有効性をあらためて考えることが可能となる。
また、ロジカル思考に不慣れな状況においては、導入当初からすべての事務事業を対象としてロジックモデルに取り組むのは大きな負担感を生み、個々のモデルの作成品質・精度を下げる恐れがある。まずは担当の事務事業のうち重要なものを1つだけ丁寧に作成・分析するところから着手し、ロジカル思考の練習を重ねる中で段階的に作成対象を拡大していく等の工夫も必要である。
自治体におけるロジックモデル活用の応用
ロジックモデルの意義が浸透し、ある程度錬成されてきた段階になると、全庁横断での実践・活用を進め、より高い成果を挙げる行政運営を可能にする組織体へと成長していくことが可能となる。
実践・活用の具体的な場面として、主に、予算編成や評価が考えられる。
(1)予算編成への活用
予算編成においては、解決すべき行政課題を起点として、その発生要因について客観的に分析した上で、演繹的にロジックモデルを作成することで、行政課題の解決に有効と思われる事業(群)を導き出す。行政課題は複数の発生要因が絡んでいることが多いことから、作成したロジックモデルは複線(ツリー型)になることが多い(図2)。
以上のようにロジックモデルを検討することで、行政課題の解決に向けて有効と思われる新規事業の立案のほか、これまで同じ目的で実施していたにも関わらずロジックモデルを作成することで有効性が乏しいと思われる事業の改善・廃止など、事業のスクラップアンドビルドが可能となり、より効率的・効果的な行政経営につなげることができる。ロジックモデルを用いた事業立案は負荷のかかる作業であるが、事業立案は事業実施以上に行政の重要な役割である(事業実施は、官民のうちより効率的・効果的に実施できる主体が担うことでその成果が高まる)。
(2)評価への活用
評価においては、ロジックモデルの各段階の状態を測定するための評価指標を設定するとともに、設定した各段階の評価指標のデータを定期的に収集・分析することで、当初の仮説どおりに事業の結果や成果が出ているのかどうか、出ていないとするとどの段階で問題が生じているのかを特定し、その解決に向けた検討につなげることができる(図3)。
重要なことは、評価のための評価ではなく、評価した結果を踏まえて事業の改善を行い、行政課題の解決につなげることである。このため、可能な限り短期アウトカムレベルまでの評価指標は、事業実施期間中に測定し(期中評価)、事業のアウトプット、短期アウトカムの発現状況を踏まえ、必要に応じて事業の内容や実施方法等の改善を行い、成果を高めていくことが望ましい(短期的PDCA)。評価指標のデータ収集の負荷軽減に向けては、評価指標を設定したタイミングで予めデータ取得方法や取得タイミングをルール化・定型化しておくとともに、BIツール等の活用も考えられる。
おわりに
以上、自治体におけるロジックモデル活用の課題と普及に向けた方向性についてみてきた。留意すべきは、ロジックモデルはあくまでもツールであって、活用の仕方次第で成果を高めることもできれば、単なる負荷のかかる作業で終わる場合もあるということである。ロジックモデルの普及において重要なことは、各職員がロジックモデルを用いて有効と思われる事業を“考える”という過程を通じて政策立案を体感し、ロジックモデルの意義を理解することである。ロジックモデルは一度作成したら終わりではなく、行政課題を取り巻く社会状況の変化等に応じて常に見直しを図ることも必要であり、作成すること自体が目的となってはならない。
弊社では、上述のように様々なレベルに応じたロジックモデルの活用方法について提案・支援を行っており、気軽にロジックモデルに挑戦し、相談いただきたい。
(執筆:株式会社富士通総研 行政経営グループ 島久美子)