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日本におけるウクライナ避難民受入と難民政策に関する一考察

  • 北海道大学
  • 国際政治
  1. はじめに
  2. ウクライナ避難民の現状
  3. 日本の難民制度:その現状と課題
  4. 今後の課題

はじめに

「日本に来なければよかった。」そうつぶやくのは、20222月にロシアのウクライナ侵攻が勃発した後に、日本に避難してきたマリア・グッジーさん[1]。マリアさんの娘さんであるカターニャさんは、日本人と結婚し、現在東京三鷹市に在住しているが、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、母のマリアさんを日本に避難させた。最初のころは、マリアさんも娘さんとの再会に喜び、また紛争から逃れて安堵している様子だったが、日に日に、マリアさんは日本の生活に不満を持ち始め、現在では紛争中のウクライナに帰国することを熱望している。
現在日本には、2582名のウクライナ避難民を受け入れている[2]。そのうち、少なくても100名以上がウクライナに帰国している。マリアさんは、決して特別ではなく、ウクライナ避難民の中でも、日本での生活が困難なため、紛争中のウクライナに帰国することを希望する人たちがいる。
命からがら紛争地域から逃れ、日本に避難したウクライナ避難民たちが、なぜまだ紛争が終わらないウクライナへと帰っていくのか。この質問に答えるために、本稿では、日本におけるウクライナ避難民の現状に触れ、日本における難民政策を分析し、そこから日本におけるウクライナ避難民だけでなく、外国人受入全体に関わる課題を浮き彫りすることを試みる。

ウクライナ避難民の現状

上述にも述べたように、20241月時点で、日本には2500名以上のウクライナ避難民が在住している。難民受入については、日本は消極的であるということが度々報道されるが、その日本がウクライナ避難民に関しては、積極的に受入を行っていると、評価されている[3]。ただ、そういった評価にも関わらず、ウクライナ避難民の現状は、いまだに不安定である。

現在ウクライナ避難民への支援は、ウクライナ語・ロシア語対応のヘルプデスクの設置、在留ウクライナ人への支援の申出窓口、情報提供等のためのサイトの設置、在留資格について柔軟な対応などがある[4]。また、身元引受人がいない避難民に対しては、一時滞在施設及び生活支援住居の提供(生活費等の支給)、日本語教育の実施、そしてカウンセリング、行政手続支援等や地方自治体・民間企業等とのマッチングなどを行っている[5]。ただ、ウクライナ避難民に対する具体的な支援については、地方自治体に委ねられており、自治体によって支援内容に差が生じている[6]
では、ここで、ウクライナ避難民の現在地を確認するために、その他に日本に避難している人たちと比較してみよう。たとえば、ミャンマーやアフガニスタンから逃れて避難した方と比較すると、まず、ミャンマーから逃れた方々については、ウクライナ避難民と同じ「特定活動」の在留許可が与えられるが、特例でない場合は6か月間、そして1週間に28時間の労働と制限が設けられる場合が多い。1年間フルタイムで就労可能なウクライナ避難民に比べて、制約が多い[7]。また、アフガニスタンから逃れた方々も、在留許可などに差が生じている[8]
このように、ウクライナ避難民と他の国から逃れた避難民の間に、差が生じている理由については、明治学院大学の阿部浩己氏は、「このようなウクライナ避難民の受入は、極めて政治的な判断である[9]」と指摘している。また、日本におけるウクライナ避難民の受入は、日本の外交的戦略の一環として、その国際的地位を高める手段として利用されているという指摘もある。

このように、一見ウクライナ避難民に対しては、「寛大」な措置が取られていると見えるが、多少差があるものの、日本において「避難民」は、難民という正式な認定とは違い、「避難している」という状態を意味するため、受かられる支援も違えば、その地位も不安定である。次節では、日本における難民制度に触れ、その現状と課題について浮き彫りにする。

日本の難民制度:その現状と課題

日本における避難民の受入に関する課題の一つには、日本の難民政策の在り方にも触れておく必要がある。日本は、内外でも指摘されているように、難民受入に関しては、消極的であり、認定率も2%と低い[10]。その理由について、日本は難民条約に加入しているが、その厳格な基準は定められていないため、その解釈は各国に委ねられている。日本では、難民条約は厳格に解釈されているため、難民申請をする申請者は、母国に帰れない理由を、客観的証拠に基づいて証明することが要求される。しかし、迫害から逃れる時に、証拠などを持って逃げることは極めて難しく、その証明は非常に困難である。

日本において難民認定を受けた人が享受できる権利として、1)永住許可要件の一部緩和、2)難民旅行証明書の交付(移動の自由)、3)難民条約に定める各種の権利(国民年金、児童扶養手当、福祉手当などの受給)である。上述の権利は、あくまで難民認定を受けた者が享受できる権利であり、避難民はこの通りではない。

 ウクライナ避難民だけでなく、その他の避難民の方々が、人道的理由で避難民として受入られた場合、在留資格の問題もそうだが、受けられる支援が限られている。難民認定を受ければ、国の様々な支援を受けることができるが、今後日本の難民認定率が上がることも考えにくく、難民認定を受けていない避難民たちの日本での生活やその地位は、これからも不安定なままであることが懸念される。

今後の課題

ロシアによるウクライナ侵攻が長引く中、避難民たちも帰国することが日に日に厳しくなっていくことを実感している。今後避難民たちは、日本に長期にわたり滞在することを余儀なくされる中で、避難民たちの職業訓練、働く場所、子供たちの教育[11]など、避難民たちは様々なサポートを必要とするため、それを自治体だけに委ねるのは限界がある。難民認定されなければ受けられない支援もあるため、難民認定の基準を緩和するか、もしくは避難民への支援の拡充を考える必要がある。上述にもいったように、難民認定の基準が緩和されることは容易ではないため、避難民に対する支援について、今後自治体だけでなく、NGONPO、教育委員会や学校などにも働きかけて、支援の輪を広げることが求められる。
最後に、日本の外国人受入政策に関しては、内外でもその同化政策的なアプローチが指摘されている。また、日本における外国人受入政策は、外国人労働者の受入が念頭におかれており、「一時的な滞在」が想定されている。これは、何を意味するかというと、外国人はあくまで在留資格が定めた期間を過ぎれば、母国に帰る者として、日本というコミュニティの「外」に存在する者と想定されている。したがって、日本においては、外国人を統合していく統合政策は存在しなく、あくまで日本への同化が暗黙の前提となっている。
例えば、カナダなどといった移民を積極的に受け入れている国では、統合政策の一環として、反差別法の制定、教育現場を含む様々な英語・フランス語などの言語サポート、そして外国人の参政権などが導入されている。これらの制度をそのままそっくり日本で導入することが良いということではなく、今後日本がより積極的に外国人を受け入れると舵を切る場合、彼らを統合させていく政策を導入することが求められる。
今後日本に定住することを希望する避難民を含めた外国人たちを、コミュニティの「外」の者としてはなく、コミュニティの一員としてどのように取り入れていくかが問われている。

[1] Ari Hirayama and Kosuke Tauchi, “‘I want to go back’ to Ukraine, says 69-year-old evacuee in Japan,” Asahi Shimbun, 2023年2月24日 (最終観覧日:2024年1月5日)。
[2]出入国在留管理庁、「ウクライナ避難民情報(最終観覧日:2024年1月5日)。
[3]U.N. refugee head hails Japan’s acceptance of Ukrainian evacuees,” The Japan Times, 2022年11月9日(最終観覧日:2024年1月5日)。
[4] 出入国在留管理庁、「ウクライナ避難民の受入れ・支援等の状況について」、(最終観覧日:2024年1月5日)。なお、現状ではウクライナ避難民は、1年間(更新可)自由に労働ができる「特定活動(労働時間に制限なし)」の滞在許可が与えられている。
[5] 同上。
[6]ウクライナからの避難者受け入れ、自治体により支援内容に差も」、『NHK News Web』、2023年2月23日(最終観覧日:2024年1月6日)。
[7]ウクライナとミャンマー、避難民受け入れ、なぜ差があるの? 入管、政治や経済に目配せ『同じように助けて』」、『東京新聞』2022年3月20日(最終観覧日:2024年1月6日)。
[8]元大使館職員のアフガン難民、日本で困窮、ウクライナと支援に差」、『朝日新聞』、2023年10月8日(最終観覧日:2024年1月6日)。
[9]Refugee status seekers call out double standard for Ukrainians,” The Asahi Shimbun, 2022年5月26日(最終観覧日:2024年1月6日)。
[10]難民認定のあり方に懸念相次ぐ、日本生まれの子どもの保護、なお検討」、『朝日新聞』、2023年7月7日(最終観覧日:2024年1月6日)。
[11] 例えば、カナダでは、英語やフランス語が母語ではない移民の子供たちに、小中高で英語やフランス語の語学サポートがEnglish as a second language (ESL)やFrench as a second language (FSL)として、学校のカリキュラムに存在する。

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執筆者

池 炫周 直美

北海道大学公共政策大学院・教授

1997年カナダのブリティッシュ・コロンビア州立大学卒業後、2006年北海道大学法学研究科博士後期課程修了。その後、北海道大学法学研究科助教、同大学スラブ・ユーラシア研究センター特任助教を経て、現在同大学公共政策大学院の教授として、東アジア政治の研究・教育に従事。研究テーマは、東アジアにおけるジェンダー、移民、マイノリティを中心に、政策だけではなく、当事者に関するオーラルヒストリーの研究にも従事。2020~21年には、アメリカ境界研究学会 (Association for Borderlands Studies)の会長を務める。2023年に池炫周直美、ボイル・エドワード(編著)『日本の境界:国家と人びとの相克』(単行本)を出版。また、同年に Akihiro Iwashita, Yong-Chool Ha, Edward Boyle (eds), Geo-politics of Northeast Asia (Routledge, 2023) の第11章 “The Politics of (Mis) Trust in Northeast Asia: Social Inclusion, Empathy and Reconciliation”を担当。