地方自治体におけるこども・若者からの意見聴取の在り方
- こども・若者
はじめに
令和5年4月に施行されたこども基本法では、こども施策の策定・実施・評価にあたり、こどもや若者、子育て当事者等の意見を反映させるために必要な措置を講ずることが国及び地方自治体に義務づけられた。筆者は児童福祉分野をはじめとした自治体の様々な調査研究・計画策定等に携わってきたが、この義務付けに伴い、多くの自治体から種々の相談を受けており、こども分野に限らない、様々な分野における政策立案等において、こども・若者からの意見聴取をどのように進めていくのがよいのか、多くの自治体が悩んでいることが窺える。
そこで本稿では、そもそもの出発点であるこども・若者からの意見聴取の趣旨や目的を再確認しながら、今後の自治体におけるこども・若者からの意見聴取の今後の在り方について整理する。
こども・若者からの意見聴取の背景・目的
こども・若者からの意見聴取が制度化された背景には、日本が平成6年に批准した国連の「児童の権利に関する条約」がある。同条約の第12条には「意見を聴かれる権利」が定められており、締約国には条約の趣旨を踏まえた意見聴取の機会の確保が求められている。当該条約を批准した国・地域は令和6年10月時点で196にのぼる一方、日本は158番目の締結国であり、また意見聴取にかかる制度の施行が約30年後の令和5年である等、日本のこどもの権利に関する対応は国際的に見て遅れている。
こども・若者からの意見聴取は、一義的には政策等の立案・遂行等における当事者・対象者の関与・意見反映等が主たる目的であるが、加えて「自分が大切にされていると感じられる環境を作ること」、すなわちこども・若者の主観的幸福感や自己肯定感の涵養も重要な目的の一つとなっている。図1は「学歴」「世帯年収額」「自己決定指標」のそれぞれについて主観的幸福感との相関を見たものであるが、学歴とは相関が認められず、主観的幸福感との相関が最も強いのは自己決定指標であった。このことは、こども・若者のウェルビーイングを考える上で、教育機会の平等化や貧困の連鎖を断ち切ることと同時に、ユニバーサルにこども・若者に意見聴取を行うことが重要である可能性を示唆している。
自治体におけるこれまでの取組
自治体におけるこども・若者からの意見聴取については既に多くの事例研究が為されており、主に若者議会を条例により市長の諮問機関に位置づけて年に1,000万円の予算執行権を与える新城市(愛知県)の取組や、町内で直接選挙を行い少年町長・少年議員を選出し、45万円の予算で政策を実現する遊佐町(山形県)の取組等が有名である。これらの取組がリーディングケースとして取り上げられる理由は、地方部において特に深刻化している「シルバーデモクラシー」の問題がある中で、大人主導の取組にこどもが参画するのではなく、こども主導の取組に大人を巻き込む形態を取っており、こども・若者の参画の度合いや社会に与える影響力が大きいことにある。
新城市や遊佐町のように、こども・若者が自発性・主体性に基づいて意見表明を行うことの重要性は論を待たない。他方で、こども・若者による議会の組成のような意見聴取手法の場合、意見を表明するモチベーションが既に高いこども・若者が参画の中心となる傾向がある。このようなこども・若者は、既に一定の主観的幸福感や自己肯定感を備えている可能性が高いと考えられるが、前項で見たような意見聴取の目的に照らせば、本来はあらゆる立場のこども・若者を包摂する形で意見聴取を行うことが望ましい。
なお、表2は、こども・若者が主体となる議会の組成を行っている目的について各自治体にアンケート調査を行った結果であるが、「自分のまちに関心を持ってもらう」(68.6%)や「議会、議員の役割を知ってもらう」(60.4%)、「子ども・若者の意見でまちをより良くする」(54.8%)といった内容が多く、「自己肯定感を育む」は3.8%に留まっている。「こども・若者議会とは異なる事業で多様なこども・若者からの意見聴取を試みる」といった棲み分けがなされている可能性はあるものの、多くの自治体は、意見聴取によって主観的幸福感や自己肯定感を高めるという意識をそもそも持っていない可能性が高い。
こども・若者から意見聴取を行う際の留意点
これまで述べてきたように、意見聴取においては、①政策等の立案・遂行等における当事者・対象者の着実な関与・意見反映等だけでなく、こども・若者の主観的幸福感や自己肯定感の涵養も重要であること、また②あらゆる立場のこども・若者を包摂する形での意見聴取が重要となること、がわかる。
これらの重要なポイントを押さえ、多様なこども・若者から的確・効果的に意見聴取を行うには、実施における種々の工夫が必要となるが、その一部として「(1)聴取対象の選定」「(2)適切な聴取方法・内容の選定」「(3)意見を引き出すファシリテート」「(4)意見に対するフィードバック」の四段階における工夫を紹介する。
(1)聴取対象の選定
例えば、従来から各自治体で行われているようなアンケート調査票を域内の各世帯に送付するような方法は、母集団の偏りが少ない方法であると言える。また、ヒアリング調査やワークショップ形式を取る場合、例えば学校を通じて対象者を無作為抽出で選定し、参加を打診する等の工夫が考えられる。
より進んだ手法としては、「こどもアドボカシー」の取組を挙げることができる。こどもアドボカシーは一部のNPO法人により実践されており、スタッフ(アドボケイト)が児童養護施設や里親のもとで社会的養護を受けているこども等を訪問し、意見表明を支援する。このようなアウトリーチ型の取組は、将来的な自治体の意見聴取の取組を考える上で参考となるだろう。
(2)適切な聴取方法・内容の選択
多様なこども・若者から意見を聴取するためには、目的や対象に応じた聴取方法・内容を選択する必要がある。(1)でも述べた通り、意見の聴取方法にはアンケート調査・ヒアリング調査・ワークショップ形式等多様な方法がある。またワークショップ形式一つ取っても、「ワークショップの説明資料はイラストを中心にするべきか、文章を中心にするべきか」「順番を決めて意見を話してもらうのか、順番を決めずに自由に発言してもらうのか」といった様々な検討事項が存在し、これらの判断はワークショップの目的や対象に依る。
聴取内容についても、例えば小学校低学年には「児童館のお祭りの出し物はどのような内容が良いか」「子ども向けポスターに出てくるキャラクターは何が良いか」といった身近で自分事化できるようなテーマが適切である一方、高校生には環境問題のように、卑近ではない社会全体を見据えた高度なテーマが適切であるように、発達段階に応じて決定する必要がある。こうした点を意識せずにあらゆる層を一緒くたにして検討を進めると、幅広い層が意見表明を行うことは困難になる。
(3)意見を引き出すファシリテート
ヒアリング調査やワークショップ形式で意見聴取を行う場合、こども・若者から意見を引き出す適切なファシリテートが重要である。こども・若者は、大人と比較して自らの思い・考えを言語化する能力が成熟していないことが多く、また雰囲気に吞まれやすいとも考えられるが、そのような対象者から安心して意見を発言できる環境を構築して意見を引き出すことは一定のスキルが求められる。各自治体において意見聴取にかかるノウハウの蓄積・展開を進めていく必要がある。
(4)意見に対するフィードバック
こども・若者の主観的幸福感や自己肯定感の涵養という目的に照らせば、単に意見聴取を行うだけでは不十分であり、実際に意見を政策等に反映するか否かを問わずその結果を当事者・対象者たるこども・若者にフィードバックする必要がある。すなわち、意見を反映しないのであれば「なぜ反映できないのか」を丁寧に説明することが求められる。この点についても当然、内容や手段、表現ぶり等を対象者の属性に応じて検討する必要がある。
おわりに
児童虐待・不登校・いじめのような問題は年々深刻化しており、こども・若者を取り巻く環境はますます困難さを増している中、意見聴取の重要性は日ごとに増している。富士通総研においても、こども分野に限らない、様々な分野における調査研究・計画策定・政策立案等において、前項で紹介した他にも様々な意見聴取手法に応じた支援を行っており、必要に応じご相談いただきたい。
(執筆:株式会社富士通総研 行政経営グループ 高倉颯太)