地域一体での総合的・計画的な交通安全対策の推進
- 富士通総研
- 交通安全
- はじめに
- 減少が鈍化した交通事故死者数・重症者数と計画なき交通安全対策
- 地域が一体となった総合的交通安全対策の必要性
- 市区町村が都道府県交通安全計画に依拠することによる不都合
- 負荷を軽減した計画の策定・運用
- おわりに
はじめに
近年、国内の交通事故死者数・重症者数の減少は進まず停滞している。国の第11次交通安全基本計画では「①世界一安全な道路交通の実現を目指し,令和7年までに24時間死者数[1]を2,000人以下とする。②令和7年までに重傷者数を22,000人以下にする。」との目標を掲げている[2]が、今後劇的な変化がない限り、達成は困難と考えられる。
交通事故死者数・重症者数の停滞からの脱却には、道路や交通安全施設等ハード面の対策だけではなく、地域の様々な関係者が一体となり、ハード・ソフト両面からの様々な観点からの取組を総合的かつ計画的に展開していくことが求められる。そして、その着実な実践のためには、地域の交通安全対策に関する包括的・総合的な計画の策定と進行管理が必要となる。
減少が鈍化した交通事故死者数・重症者数と計画なき交通安全対策
図表1は、第10次交通安全基本計画が策定された平成28年度から令和5年度までの年間の24時間交通事故死者数・重症者数の推移である[3]。いずれの指標も減少傾向にあったが、令和2年度以降はその傾向が鈍化し、令和5年度には若干上昇している。
前表にて、他に比べて交通事故死者数が多く、より積極的な対策の展開が求められる1都1道1府8県管内の662市区町村のうち、交通安全計画を策定している[6]市区町村は222、全体の33.5%であった(図表3)。また、人口規模[7]別では、人口の少ない自治体ほど未策定が多く、人口10万人以上とそれ未満では策定済自治体の割合が大きく異なっている。
人口規模の大きい自治体は、小規模自治体に比べて職員体制に余裕があり、交通安全対策に取り組める体制が組めることや、人口規模が大きい分交通事故のリスクも高まることから、費用対効果の観点からも積極的に取り組む意義が比較的高まると考えられ、そのために小規模自治体ほどその必要性・有用性が低くなってしまうものと考えられる。
なお、交通安全計画の策定は平成23年に義務から努力義務に改正(交通安全対策基本法26条)されていることに加え、近年では、一部自治体から計画策定にかかる時間と手間などを理由に努力義務規定も廃止すべしとの提言がなされている[8]。このような状況も、計画を策定する自治体が限られている要因と考えられる。
地域が一体となった総合的交通安全対策の必要性
交通安全対策では、ガードレールや信号機等道路に付帯する交通安全施設を整備することに主眼を置きがちであるが、そのようなハード面の対策だけで交通事故死者数を減らし続けるには限界がある。教育や啓発等の交通網を利用する人への対策、ボランティアによる通学路の安全対策、交通規制等ソフト面での対策も含めた幅広い対策を組み合わせ、総合的・一体的に進めていく必要がある。
これら様々な対策は、自治体の道路部局のみならず、学校や警察、教習所など多様な主体が所掌するが、対策の実効性をより高めるためには、それぞれが独立して実施するよりも、共通の目的・成果に向けて有機的に連携し、ハード・ソフト両面から一体的に対策を講じる必要がある。
多様な主体が交通安全対策に取り組まなければならない状況があるのであれば、各々が目指す目標とその実現のために取り組む施策を掲げ、それらを取りまとめる計画が必要となる。計画が定められていなければ、目指すところが分からないまま漫然と施策を実施することになる。
計画を策定する過程では、主体間の調整や協働についても議論がなされるだろう。計画によって多様な主体の取り組みが明らかになれば、それは主体間の連携を生じさせ、各主体がそれぞれ単独で交通事故の削減に取り組むよりも高い効果が期待される。
市区町村が都道府県交通安全計画に依拠することによる不都合
交通安全対策基本法第25条1項により、都道府県は交通安全計画の策定が義務付けられていることから、自前の計画を策定せず都道府県計画に依拠している市区町村も多い。
都道府県計画で設定されている死者数などの目標値は都道府県全体の値であり、管下の市区町村がそれぞれどのような目標とするかは地域の実情を踏まえた適切な設定が必要であるが、市区町村が目指すところは不明確・曖昧になりがちである。また、都道府県計画は各市区町村の細かい交通事情を踏まえた内容とは必ずしもなっていない。
実効性の高い交通安全対策を展開するためには、それぞれの地域の交通状況や特性等に適した目標設定や施策の策定が必要であり、市区町村単位での計画が最善と考えられる。例えば、都道府県内一律ではなく、市内の地区ごとの交通量や危険個所等を踏まえ、それぞれの地区に相応しい目標や施策を打ち出すことができるのは市区町村単位ならではのメリットである。
さらに施策についても、都道府県計画は都道府県レベルの警察や教育委員会など、市区町村よりも一段広域な機関の視点で書かれている。そのため市区町村が具体的にどのような施策を実施しなければならないかは見えてこない。文脈上市区町村が取り組むことになっている施策[9]があったとしても、それは先に述べたように各市区町村の細かい交通事情を踏まえていないことも考えられる。
都道府県計画の援用は必ずしも適切ではなく、地域特性を十分に反映した市区町村単位での交通安全対策が最適であると言える。
負荷を軽減した計画の策定・運用
市区町村単位での交通安全計画の策定が最善・最適であると言えるものの、策定や進捗管理等の運営に要する手間・負担が障害となる場合が少なくない。実際の対策に取り組むリソースに悪影響をもたらすという指摘がある[10]他、リソースが少ない小規模自治体ほど負担が大きくなるため未策定率が高くなっている。
手間や負担により地域単位での交通安全対策が展開できないのは地域にとって大きな損失であることから、負担を軽減することにより、策定・運用等の障害をクリアすることが重要となる。
まず、策定のスパンを現在の5年間よりも長くとることが考えられる。例えば府中市は令和5年度から12年度までの8年間を計画期間とする交通安全計画を策定した。これは東京都の計画が改訂となる令和8年度時点では市の計画策定から3年しか経過していないため、次々回の令和13年度の東京都の改訂の際に、府中市が足並みを揃えるための措置[11]である。
また、東御市の交通安全計画は令和3年度から8年度までの6年間を計画期間としている。これは最後の1年間を令和8年度からの長野県の計画に基づいた新たな市の計画を策定するための期間として確保するため[12]である。
さらに、神戸市は令和3年度末に計画年次を定めない形で交通安全計画を策定した。市は「将来、道路交通法をはじめ関係法令の改正や交通環境の変化が生じた際に、この計画の時代適合性を点検し、必要に応じて見直し」を行うとしている[13]。
類似の方法として、既存の交通安全計画を延長することも考えられる。芦屋市は、令和2年度を期限としていた第10次芦屋市交通安全計画を、情勢の変化を踏まえた目標に変更する等の内容の修正と新たな事業を追記した上で計画期間を令和7年度まで延長する改定を行なった[14]。
他の行政計画と一体化して策定することも考えられる。三鷹市は、地域公共交通活性化再生法の法定計画である地域公共交通網形成計画(現・地域公共交通計画)に交通安全計画を含む形で「三鷹市交通総合協働計画2022」を策定している[15]。
計画において重要なことは計画期間ではなく、明確な目標の設定、その達成にむけた手段・方法等の具体化である。この点を外さない範囲で、負荷を軽減するような策定・運用が望まれる。
おわりに
地域特性を反映し、地域が一体となって幅広い・様々な対策を総合的に展開することは、交通安全対策の実効性を高める上で非常に重要なことである。このような取組を進めていくためには、実態やこれまでの進捗・成果の把握、それらを踏まえた適切な目標・施策の検討等、その地域ならでは計画の策定・見直し等が重要となる。
弊社は内閣府の第10・11次交通安全基本計画に関し、政策評価や国民の意識調査、道路交通事故に係る長期予測等を実施してきており、自治体における交通安全計画の策定、交通安全に関する調査研究等においても、実効性を高い交通安全対策の展開に向け、これからも支援していきたい。
[1] 交通事故発生から24時間以内に死亡した者の数。
[2] 内閣府,2021,「第11次交通安全基本計画」,p6, https://www8.cao.go.jp/koutu/kihon/keikaku11/pdf/kihon_keikaku.pdf.
[3] 警察庁,2024,「道路の交通に関する統計2023年調査_1-3交通事故発生状況の推移」, https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00130002&tstat=000001148466&cycle=7&year=20230&month=0.
[4] E-Stat,2024,「道路の交通に関する統計 / 交通事故死者数について」, https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00130002&tstat=000001032793&cycle=7&year=20230&month=0.
[5] 第三四分位数である70より高い県を採用した。
[6] 具体的には、自治体のホームページに公開されていること。
[7] 各自治体の人口は総務省,2024,「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数(令和6年1月1日現在)」, https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei02_02000316.html.を使用。
[8] 神戸市は令和4年度、内閣府の地方分権改革有識者会議の募集に対し「交通安全対策基本法における市町村交通安全計画の策定に関する努力義務規定の廃止」との提案を行っている。(参照:内閣府,2022,「第135回提案募集検討専門部会 参考資料1提案地方公共団体等提出資料(6/8)」, https://www.cao.go.jp/bunken-suishin/kaigi/doc/teianbukai135sanko-shiryou01_6.pdf.)
[9] 「県は、~を行う市町村と連携を図りつつ、積極的な…を推進する」といった文脈。
[10] 脚注8参照。
[11] 府中市,2023,「府中市交通安全計画(令和5年度~令和12年度)」,p2, https://www.city.fuchu.tokyo.jp/gyosei/kekaku/kekaku/tosikiban/kotsu_anzen.files/hp_koutuanzenkeikaku.pdf.
[12] 東御市,2022,「第11次東御市交通安全計画」,p1, https://www.city.tomi.nagano.jp/file/136610.pdf.
[13] 神戸市,2022,「神戸市交通安全計画」, https://www.city.kobe.lg.jp/a46152/shise/kekaku/kikikanrishitsu/10jikeikaku1/index.html.
[14] 芦屋市,2022,「芦屋市交通安全計画」, https://www.city.ashiya.lg.jp/douro/kotuanzenkeikaku.html.
[15] 三鷹市,2022,「三鷹市交通総合協働計画2022第2次改定(令和元年度策定)」, https://www.city.mitaka.lg.jp/c_service/031/031988.html.
(執筆:株式会社富士通総研 行政経営グループ 井加田透)