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【事例研究】ブルーテッククラスター構築による地域の課題解決に向けて サムネイル

【事例研究】ブルーテッククラスター構築による地域の課題解決に向けて

  • 富士通総研
  • 産業技術
  1. はじめに
  2. 背景:ブルーテックの分類
  3. ブルーテッククラスターの先行事例の概要
  4. 日本におけるブルーテッククラスターの振興に向けた方向性
  5. おわりに

はじめに

 近年、海洋環境を保全しながら持続的な海洋利用を進める「ブルーエコノミー」の重要性が国際的に認識されている。他方、我が国では、依然、海洋産業の各セクターの連携関係は弱い状況である。
 このため、本稿では、ブルーエコノミーを中心に、海洋産業に適用できる技術の産業集積としてのクラスターである「ブルーテッククラスター」を我が国の沿岸・離島地域において構築することを念頭に、国内外の動向を整理し、それを踏まえて、日本におけるブルーテッククラスターの振興に向けた方向性を論じる。

背景:ブルーテックの分類

 ブルーテックの分類に関する議論は米国やEU等で進んでいる。こうした国際的な検討の実態を参考に整理すると、ブルーエコノミーの課題に対するブルーテックの分類として、「沿岸の再生可能エネルギーの開発」や「船舶からの温室効果ガスの排出削減」、「CO2の回収・輸送・保管」といった「海洋産業の脱炭素化」と、「海洋プラスチックごみの防止」や「石油の流出防止」といった「海洋の汚染防止」、「養殖」や「海底鉱物の開発」といった「既存の海洋産業の効率化や新ビジネスを開発する高度化」のほか、地理計測や環境計測・予測、海洋データ、近年研究開発が進んでいる海洋ロボット(遠隔操作型の無人潜水機(Remotely Operated VehicleROV)や自律型無人潜水機( Autonomous Underwater VehicleAUV)、自律型高機能観測装置(Autonomous Surface VehicleASV)等)等の「基盤技術」等が挙げられる(図表1)。

図表1 ブルーテックの分類と重要度
図表1 ブルーテックの分類と重要度
1:「ブルーエコノミーの課題」と「ブルーテックの分類」の間の矢印で、「基盤技術」はブルーエコノミーの全ての課題に関係することを表す。
2:赤色は特に重要、灰色は重要と考えられる分類を表す。

ブルーテッククラスターの先行事例の概要

 ブルーテッククラスターは、BTCA[1]に加盟する国など米国・EU等で進んでいる。図表2のように、海外ではBTCA加盟ブルーテッククラスターが北米・欧州に10個以上あり、国内ではBTCA加盟ブルーテッククラスターであるが、一般財団法人マリンオープンイノベーション機構がある。企業や研究機関、政府・自治体等からなる会員制の組織が多い一方、クラスター組織自体が公的組織として技術開発等に携わるものもある。
 活動内容は、情報収集とネットワーキングの機会提供や、既存事業の国際化支援、事業拡大支援等の他、スタートアップや新規事業に特に資する、研究開発資金の調達支援・提供、研究開発環境の提供、能力開発支援、より幅広いインキュベーション支援等があり、こうした活動内容のメリットが、参加主体を結びつけるつながりとなっていると考えられる。
 活動の成果として、多数の研究開発プロジェクトの実施、技術開発の成功、国際的なネットワーキング、商談・コンソーシアム形成や事業拡大、市場開拓、世界的企業の輩出、地域経済の活性化等の幅広いものが各クラスターから挙げられている。
事例調査の結果から、これまで成果を上げてきたブルーテッククラスター等が果たしている役割としては、開発資金の提供・調達支援といったブルーテック事業の資金面を補う支援の他、プロジェクト形成支援やネットワーキング支援、販路拡大のための出展支援、情報共有といったブルーテック事業の情報面を補う支援が一般的であり、海洋ロボット技術に係る取組においても重要であると考えられる。

図表2 BTCA加盟ブルーテッククラスター等の事例
図表2 BTCA加盟ブルーテッククラスター等の事例
注:EUレポートを参考に、赤色の網掛は特に重要、灰色の網掛は重要と考えられるブルーテックの分類を表す。
資料:各ブルーテッククラスター、BTCAの公式サイト等から作成

日本におけるブルーテッククラスターの振興に向けた方向性

4-1. ブルーテッククラスターの有望な分野

 これまでの本稿での議論を踏まえ、日本における有望なブルーテッククラスターの分野(案)は、図表3のとおりである。ブルーテックの分類のうち、海洋産業の脱炭素化の沿岸の再生可能エネルギーの開発については、今後普及する「洋上風力発電(浮体式)」が挙げられ、日本では地域の中小企業はノウハウのある大企業と連携し、きめ細かくメンテナンスを行う事業機会があり、今後の政府の洋上風力発電(浮体式)の目標の設定による投資の促進等が必要な10年程度以上の中期的な取組であると考えられる。また、CO2の回収・輸送・保管については、「CCS」が挙げられ、世界では確立した技術で、日本においても導入可能であり、地震やCO2漏れなど安全性のモニタリングを行って地域の住民の協力を得ること等が必要な510年程度の短期的な取組であると考えられる。

図表3 ブルーテッククラスターの有望な分野(案)
図表3 ブルーテッククラスターの有望な分野(案)

 ブルーテックの分類で、既存の海洋産業の高度化(効率化・新ビジネスの開発)の海底鉱物の開発については、最近の経済安全保障の重要性の高まりを受けて、「海底資源開発」が挙げられる。しかし、第4期海洋基本計画(20245月頃~)は、海底資源開発の商用化は先になることを考慮しており、政府の環境整備と合わせた中期的な取組であると考えられる。
 ブルーテックの分類で、基盤技術については、「AUVや水中ドローン、海洋通信等」が挙げられる。AUVや水中ドローン、海洋通信等は日本企業の国際競争力は低く、デュアルユースを通じた市場の創出による投資の促進等が必要な短期的な取組であると考えられる。

4-2. ブルーテッククラスターの振興の進め方

 前項で検討した日本における有望なブルーテッククラスターの分野(案)を中心に、本稿での議論から、ブルーテッククラスターの振興の進め方(案)は、図表4のとおりである。日本のブルーテッククラスターの事例は少なく、振興に向けては国土交通省など関連政府機関が連携して主導することが適切であると考えられる。ブルーテッククラスターは企業や技術の集積、自然環境など適地で振興を図ることが重要であり、日本におけるブルーテッククラスターの振興に向けては、最初に振興に取り組む都道府県等の地域を抽出する。ここで、振興を図るブルーテッククラスターが都道府県をまたがる場合には、政府が調整することが必要である。

図表4 ブルーテッククラスターの振興の進め方(案)
図表4 ブルーテッククラスターの振興の進め方(案)

 続いて、政府・都道府県が企業や技術の集積、自然環境など地域の強みを活かし、振興を図るブルーテッククラスターに関するネットワーキングを行い、企業・研究機関等との連携を強化して、協議会等を設立する。ここで、ブルーテッククラスターに関する協議会等では、情報の収集やパートナーの発見、開発資金の確保、販路の開拓等の支援が参加する企業・研究機関等のインセンティブとなると考えられる。
 次に、ブルーテッククラスターに関する協議会等の支援を活用しながら、企業・研究機関等はブルーテックの試行を通じて事業化を推進する。ここで、ブルーテッククラスターに関する協議会等は試行・事業化をアピールすることによって、テストベッドとしての有効性を示し、更なる企業・研究機関等が参加するようになり、クラスターが拡大することが期待される。
 なお、ブルーテッククラスターに関する協議会等は、フランスなどEUの政府主導のブルーテッククラスターと位置付けが似ていると考えられ、連携しやすいと考えられる。そこで、ブルーテッククラスターに関する協議会等は、有望なブルーテッククラスターの分野(案)など類似する取組を実施しているフランスのPMBAPMMMやノルウェーのGCE等と連携し、ネットワーキングや試行・事業化に取り組むことが適切である。

おわりに

 本稿では、ブルーエコノミーとブルーテックに関する国際的な議論の整理から始まり、ブルーテックの分類を検討し、その分類に基づく海外を中心としたブルーテッククラスターの取組の先行事例の概要を整理した。続いて、日本におけるブルーテッククラスターの振興に向けた方向性の案を提示し、海洋環境を保全しながら持続的な海洋利用を進めつつ、雇用創出や地域経済の持続的な発展を実現できる可能性があることを示した。
 ブルーテッククラスターの振興に向けては、政府や都道府県がコーディネーター役として主導しながら、必要なネットワーク、資金、専門的・技術的知見等に係る情報を蓄積し共有できる環境づくりに取り組み、主体的な参画による企業や研究機関等との連携を強化し、具体的な事業化支援を推進していくことで、海洋政策の推進や地域経済の持続的な発展、イノベーションの創出につながると考えられる。また、我が国における沿岸・離島地域は多く、各地域間で共通する課題認識を抱いている可能性があり、類似する地域特性を有する地域間での相互連携による効果が想定し得る。さらに、日本に限らず国内外のブルーテックに関連するイベントやプラットフォーム等を有効活用することで、同様の目的や課題認識を有する人々および組織間での活発な交流によるコラボレーションが生まれる可能性もある。
 ブルーエコノミーやブルーテックで対象となる海洋産業の分野は広範囲にわたり、多様なステークホルダーが存在している。ブルーテッククラスター構築により有効な連携体制を生み出し、官民の投資を呼び込み、イノベーションによる産業振興や社会課題の解決に資するものとなることが期待される。

 

[1] BTCAThe Blue Tech Cluster Alliance)は産業界が主導するブルーテッククラスターが連携し、共同プロジェクトの企画、加盟クラスターのプロモーション、好事例等の情報共有等を行う国際的なネットワークであり、10個以上のクラスターが加盟している(https://www.bluetechclusters.org/)。

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執筆者

大平 剛史

株式会社富士通総研 コンサルタント 兼 公共政策研究センター 上級研究員

早稲田大学大学院アジア太平洋研究科国際関係学専攻博士後期課程修了(博士(学術))。専門はAI・量子技術等の先端技術の社会適用、国際関係論(紛争解決論)、安全保障研究、先端防衛技術研究(デュアル・ユース技術等)、個人の社会適応支援(インクルージョン研究、観光を起点とした社会課題の解決)。
主な研究テーマは、AI、量子技術等の先端技術の社会課題解決への適用方策・政策研究、先端防衛技術研究(欧米・中露のデュアル・ユース技術、宇宙・サイバー・電磁波領域の各技術と統合運用戦略の研究)、仲介の効用を中心とした紛争解決論。
著書に「Reasons for the Success and Failure of Japan’s Mediation for Intra-State Conflicts in Aid Recipient Countries as Their Top ODA Donor: Case Studies of Cambodia (1997-1998) and Sri Lanka (2002-2009)」など。
近年は、政策研究誌や富士通総研オピニオン等にて論文を投稿。また、総務省、国土交通省、内閣府などからの委託研究にも多数携わっている。